第1話 帰れないかもしれない旅のはじまり

旅のはじまり

「チグリス・ユーフラテスの河岸で、おいしいごはんを食べませんか?」
M親分は、さらりと言った。
まるで「神田川沿いのうなぎ屋でご飯を食べましょう」と誘うかのように。
M親分に会ったのはこの日がはじめてで、
ジャーナリスト・クレアさんのアシスタントとして、取材に同行した日のことだった。

クレアさん 「Mさん、ぜひイラクにわたしも行きたいです」
コトリ 「ああ、クレアさんぜひ行ってきてください。」
クレアさん 「コトリちゃんも一緒にいきましょうよ」
コトリ 「いっ、わたしも…?」

気がつけばデコボコ砂漠道

よもや戦場カメラマン 写真1-1「結論から言って、あなたがイラクに行くのは反対です。どうしても行くのなら、やめてもらいます。」

カバ編集長とそんな会話をした2週間後、私は砂漠のデコボコ道を車でゆられていた。そう、私は編集長の反対を押し切ってバグダッドへの道を選んでしまったのだ。

家族には「オランダに取材に行く」とウソをつき、友だちには「死んだらどうするの?」とあきれられ、会社からは「戻る席はない」と告げられ、誰から見てもクレイジーな決断をしたのが出発1週間前のこと。さらに出発前日(2003.2.14)には、外務省がバグッダトに「退去勧告」まで出てしまう始末だ。

人の未来に何が起こるかなんてわからない。私だって、まさか20代最後にしてこんなふうに命をかけて砂漠の道を進んで行くことになるとは思いもよらなかったことだ。しかもフセイン政権の招待客として…。何しに行くのか?結果的には言えることはあった。けれど、出発前の私には人様を納得させるような理由は一つもなかった。何もかもが霧の中。ただ言えることは「目の前に見たこともない道が広がっていた」ということ。そしてなぜだか、そちらに進んでみようと思ったこと。感情も理性もすべて反対しているのに、魂が「Yes」と答えてしまったのだ。


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